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「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

高性能な相対音感?~仮性絶対音感と潜在的絶対音感(其の五)

音感の正体 Web Audio API

 

では、次に譜例2※を聴いてみてください。

 音量注意!

※この譜例は 「Web Audio API」で作成されているため、
 IEAndroid他、一部のブラウザ、あるいは環境では
 動作しない場合があります。予めご了承ください。

これも単純に「ドレミファソラシド」の繰り返しですが、
次の「ドレミファソラシド」に移るときに毎回1/6音
転調しています。

もしかしたら繰り返し起こるこの微妙な転調が、

「気持ち悪い」

と感じる人もいるかも知れませんが、少なくとも
私には気持ち悪いと言う感覚は一切ありません。

このとき、1/6音転調する度に毎回瞬時に
個々の「ドレミファソラシド」に合わせて、

「基本周期の再計算(ものさしの伸縮)」

が無意識のうちに行われているからこそ、
ズレていると言う違和感が喪失するのでは?
と私は考えています。

 

f:id:raykawamoto:20160727183202g:plain

 

これは目が物を見るとき、対象物との距離に応じて、

「レンズのピント調節機能」

が自動的に働いているのに似ています。

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ここで重要なのは、

「ものさしを伸縮⇔ものさしを固定」
 (ピント調節) (音名の特定)

この2つの方向性が、

「明らかに逆行している、相反している」

つまり、

「相対音感は根本的に絶対的な音高、
 あるいは
音名を特定することを目的としていない」

と言うことです

 

「其の三」で取り上げた、

「自分は相対音感だから調につられてしまう」

と言う表現は本ブログではおなじみ、

「絶対音感訓練における移調のミス」

を上手く言い表していておもしろいと思うのですが、
この「つられる」、「ミス」と言った発想は、

「音名を特定することにその主眼が置かれている」

と言えるでしょう。

最後に本記事の内容とは全く関係ありませんが、
譜例2を連打すると…いや、何でもありません。

(次回に続く・・・)

 

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