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「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感、相対音感にまつわるウソ、ホント(其の十)

音感の正体

 

絶対音感と相対音感は共存できる」

と主張する人がいる一方、

絶対音感と相対音感は排他的な能力で共存できない」

と主張する人もいます。

 

この辺りは

絶対音感と相対音感の定義について(其の一)

でも書きましたが、結局のところ

絶対音感と相対音感をどのように定義するか?」

によって考え方も変わってきますが、
ここでは上記の記事に書いてある通り、
「which」ではなく、

「how」

を基準に考えたいと思います。

 

絶対音感保持者ではない)多くの人は
特別な訓練を受けていなくても、
移調した曲は感覚上で同じ曲と分かり、
移調した伴奏に合わせて歌うこともできると思います。

その際、調や音名、階名と言った概念を意識することなく、
当然それらの概念を論理的に処理する(頭を使う)こともなく、
ごく自然と感覚上で対応できます。

 

この能力は本来人間の成長過程で自然と発現しますが、
幼児期に行われる絶対音感訓練の中ではこれを

「移調のミス」

と称し、この症状が現れると絶対音感の習得は
難しいと言われています。

 

逆に言えば、大人になっても絶対音感を保持している
と言うことは移調のミスを起こさなかった、
つまり、

「この能力が発現しなかった」

とも考えられます。

 

そしてこの能力、つまり移調のミスと呼ばれる現象こそが

「正に相対音感そのもの」

だと私は考えています。

 

「果たして絶対音感と移調のミスは共存できるのでしょうか? 」

 絶対音感保持者が相対音感と称しているのは、
実はそれは(相対)音感ではなく、
訓練によって身に付いた単なる

絶対音感上で相対的に処理する能力」

ではないか?と私は疑いを持っています。

(次回に続く・・・)

 

絶対音感、相対音感にまつわるウソ、ホント

(其の一) (其の二) (其の三) (其の四) (其の五)

(其の六) (其の七) (其の八) (其の九) (其の十)

(其の十一) (まとめ)