「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感保持者からの反論(其の二十一)

 

おそらく多くの人は「ドレミファソラシド」を
「高さ」としてイメージ、つまり

「定量的な概念であるトーン・ハイト」

に当てはめて考えようとしているのではないでしょうか?

「ドレミファソラシド」をトーン・ハイトとして捉えれば、
絶対的に捉えようが相対的に捉えようが
結果的には同じ高さが得られることになります。

 

しかし、「ドレミファソラシド」を「協和」、つまり

「定性的な概念であるトーン・クロマ」

として捉えた場合、絶対的に捉えるか相対的に捉えるかで
その結果は大きく変わってきます。

では、トーン・クロマを絶対的に捉えるとどうなるでしょうか?

 

トーン・クロマを絶対的に捉えると、

「トーン・クロマが音名/固定ドを示す」

と同時に移調によってトーン・クロマが変化する、
つまり、

「トーン・クロマ上では移調のもとでの等価性が成立しない」

ことになります。

「其の八」で取り上げましたが、

絶対音感群の移調のもとでの等価性の判別が不正確」

な原因はここにあると私は考えています。

 

「等価性が成立しない」と言うことは裏を返せば、

「差異が生じる」

と言うことです。

この「トーン・クロマの変化」は絵に当てはめて考えると、

「色の変化」

に例えられるのではないでしょうか?

 

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定性的な色(トーン・クロマ)が変化すれば
絵(曲)の雰囲気も当然変わりますが、
これがいわゆる

「調性格の正体」

だと私は疑っています。

(次回に続く・・・)

 

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