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「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感保持者からの反論(其の三)

音感の正体

 

ところで、

「相対音感は音程」

と最初に言い出したのは一体、誰でしょうか?

私はこの説明を見る度に、

「最初に言い出したヤツ、ちょっと出て来い」

と言いたくなってしまうのですが、
それは冗談として・・・

 

人間は音を

ゲシュタルト(まとまり)」

として捉えていると考えられますが、
「音程」と言う概念はその

ゲシュタルトの一要素に過ぎません。」

 

確かに2つの音が提示されたとき、
その音程が分かると言う人も多いと思いますが、
実はその「2音」と言う関係性もまたゲシュタルト
言ってみれば、

ゲシュタルトの最小構成単位」

だったのではないでしょうか?

 

だから、「木を見て森を見ず」ではないですが、
ゲシュタルトから音程と言う概念だけを単独で
切り出して考えても意味がなく、

ゲシュタルトとしてどのように捉えているか?」

と言うマクロな視点で捉えない限り、

「決して相対音感の全体像は見えてこない」

と私は考えています。

 

ちなみに、

絶対音感は音高、相対音感は音程」

と説明されることもありますが、
絶対音感と相対音感は別々の能力
(だから共存できる)と主張している方は、
具体的にはどのような仮説、あるいはモデルを
想定して話をされているのでしょうか?

いつも私は疑問に感じるので、

絶対音感がどのように音高を捉えているのか?」
「相対音感がどのように音程を捉えているのか?」

そして、

絶対音感と相対音感がどのように連動するのか?」

是非ともこの辺りの仕組みを提示してみてください。
大胆な仮説、楽しみにお待ちしております。

(次回に続く・・・)

 

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