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「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感保持者からの反論(其の二)

 

どうも私には

「○○が分かる(できる)から相対音感がある」

と言った理屈、あるいは逆に

「相対音感は○○が分かる(できる)能力」

と言った定義は、相対音感と言うものが

ブラックボックス

に見えてしまい、その実態が全く感じられません。

 

もちろん、それも1つの考え方だとは思いますが、
それはあくまでも議論のスタート地点であって、
そこから

「それがどう実現されているか?」

と言う部分が言及されて、
初めてその理屈が説得力を持つと考えています。

 

しかし、反論者の方の話を聞いていると、
「○○が分かる(できる)から相対音感がある」

 以上、Q.E.D.(証明終わり)

的にどうもそこが話の終着点になっているようで、
その先の肝心な「それがどう実現されているか?」
と言う部分が全く見えてこない、正直私には

「何の興味もない話」

になってしまいます。

 

また、

「音楽的に重要なのは絶対音感ではなく、相対音感」

と言われていますが、

「相対音感がどう実現されているか?」

も突き詰めて考えれば、

「人間が音楽的に音をどのように認知しているか?」

であって、少なくとも
「相対音感は○○が分かる(できる)能力」のように、

「簡単に一言で定義できるようなものではない」

と私は考えています。

(次回に続く・・・)

 

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