「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感のカラクリ~「ド」は「ド」(其の二十)

 

絶対音感と言うのは、良くも悪くも

「偶然の産物ではないか?」

と最近ふと思うことがあります。

 

と言うと、例えば才能や遺伝、環境等、

「好条件が揃うことで実現される」

そんなイメージを持つ人もいるかも知れませんが、
決してそう言うことではありません。

 

人間の感覚が

「周波数比」

に対応していることは疑いのない事実です。

それは「ドレミファソラシド」が

「音律」

と呼ばれる周波数比が基盤になっていることからも明らかです。

 

周波数比と言うことは、決して

「特定の周波数」

を指している訳ではないと言うことです。

 

特定の周波数を指している訳ではないと言うことは、
例えばピアノで言えば、決して

「特定の鍵」

を指している訳ではないと言うことです。

 

しかし、この事実はピアノを演奏する人からすれば、

「とても都合が悪い」

ことです。

なぜなら、

「『ド』と言う感覚と鍵が一致しない

ことになります。

 

そこで、

「『ド』と言う感覚と鍵が一致すれば」

と誰もが考えるところですが、その

「大きな勘違い」

こそが偶然の第一歩だと私は考えています。

(次回に続く・・・)

 

絶対音感のカラクリ~「ド」は「ド」

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(其の二十一)