「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感のカラクリ~「ド」は「ド」(其の十)

 

では、

絶対音感は音名のクロマを聴き分ける」

と主張している人に質問です。

 

もし仮に音名にクロマと言う性質があるとして、

「どうして音名のクロマは絶対音感保持者でないと
 聴き分けることができないのでしょうか?」

 

もし、音自体にそうした性質があるのであれば、
別に絶対音感のあるなしにかかわらず、
それを瞬時に判別できないまでも、
その性質を少しは聴き分けられるようになっても
何ら不思議ではありません。

 

絶対音感保持者には一般の人には存在しない

「クロマの受容体が存在する」

とでも言うのでしょうか?

 

「其の五」の例を前回

「発想の転換」

に従えば、Aさんは440Hzの音から(440Hzの音が持つ)

「ラ」と言う性質(クロマ)

を聴き分けているのではなく、
自分の中にある基準を基に

「ラ」と言う感覚(クロマ)

を自ら作り出していると考えられます。

 

一方、Bさんは同じ440Hzの音から
やはり自分の中にある基準を基に

「シ♭」と言う感覚(クロマ)

を自ら作り出していると考えられます。

 

では、AさんとBさん、

「どちらの基準が正しいと言えるのでしょうか?」

(次回に続く・・・)

 

絶対音感のカラクリ~「ド」は「ド」

(其の一) (其の二) (其の三) (其の四) (其の五)

(其の六) (其の七) (其の八) (其の九) (其の十)

(其の十一) (其の十二) (其の十三) (其の十四) (其の十五)

(其の十六) (其の十七) (其の十八) (其の十九) (其の二十)

(其の二十一)