「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感のカラクリ~「ド」は「ド」(其の九)

 

おそらく多くの人は

「ド」は「ド」

の「ド」と言う感覚は、

「音自体に『ド』と言う性質(クロマ)がある」

と言う先入観にとらわれているのではないでしょうか?

 

特に絶対音感保持者の場合は実際、
あたかも音自体に『ド』と言う性質があるかのような、
そんな聴こえ方をしてしまうために、
そうした考え方に陥ってしまっているのではないでしょうか?

 

しかし、その先入観にとらわれている限り、
永遠に物事の本質は見えてきません。

 

決して音自体に「ド」と言う性質があるのではなく、
音が人間に認知されることで、

「初めて『ド』になる」

言い換えれば、

「『ド』と言う感覚を自ら作り出している」

と言う

「発想の転換」

がここでは必要だと私は考えています。

 

そうして考えれば「其の五」「其の六」のケース、
基準ピッチの異なる2人の絶対音感保持者Aさん、Bさんが

「同じ音を聴いているにもかかわらず、異なるクロマを認知する」

のも、

「同じ曲を聴いているにもかかわらず、異なる調性格を感じ取る」

のも何ら矛盾はありません。

 

それでも

「音自体に『ド』と言う性質(クロマ)がある」

と言うのであれば、これらの現象を合理的に説明できますか?

(次回に続く・・・)

 

絶対音感のカラクリ~「ド」は「ド」

(其の一) (其の二) (其の三) (其の四) (其の五)

(其の六) (其の七) (其の八) (其の九) (其の十)

(其の十一) (其の十二) (其の十三) (其の十四) (其の十五)

(其の十六) (其の十七) (其の十八) (其の十九) (其の二十)

(其の二十一)