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「絶対音感の終焉」

のんびり気ままにゴーイングマイウェイ ~Blog by 川本零~

絶対音感と相対音感の違いをボールに例えると(其の七)

 

絶対音感と相対音感の違いは

「観測点(基準音)の違い」

と再三述べてきましたが、具体的には

絶対音感の基準音=通常音名「C」

相対音感の基準音=調性上の主音、つまり階名の「ド」

と言うことになります。

 

では、基準音が違うと何が変わるのでしょうか?

相対音感では調性上の主音を基準音とするため、
例えば周波数比「1:1」が生み出す感覚(クロマ)は
調(キー)に影響を受けることなく、
常に階名「ド」を指すことになります。
つまり、音楽的な意味合いは変わりません。

 

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これは青い電車の中で赤いボールが
時速20kmで飛んでいる現象は、
電車が時速何kmで進んでいようが
常に時速20kmに見えることと同じです。

 

一方、絶対音感では通常音名「C」を基準音とするため、
例えば周波数比「1:1」が生み出す感覚(クロマ)は
常に音名「C」を指すことになりますが、音名「C」は

ハ長調なら階名「ド」、ト長調なら階名「ソ」

と調(キー)によって階名が変わってしまいます。
つまり、音楽的な意味合いが変わることになります。

 

これは青い電車の中で赤いボールが
時速20kmで飛んでいる現象は、
電車の速度によって見え方が変わってしまうのと同じです。

 

私が絶対音感に疑問を感じる理由の1つは、

絶対音感の観測点は
 音楽とは何の関連もない単なる物理的な基準」

だと言うことです。

 

基準ピッチと言う概念は人間が定めた便宜的な値で、
その値自体に音楽的、科学的な意味がある訳ではなく、
無限に存在するピッチの1つに過ぎません。

「基準ピッチは本来人間が持つものではなく、
 楽曲や楽器が持つもの」

だと私は考えています。

 

なぜなら人間は元来、脳の発達と共に
無限に存在するピッチに自分のピッチ(観測点)を
レンズのピントのようにフレキシブルに合わせる
能力が自然と発現するためです。

 

しかし、絶対音感訓練ではこの能力を

「移調のミス」

等と称し、この能力の発現を抑制することで
絶対音感を実現していると考えられます。

 

この能力が発現していなければ、

絶対音感が音名を判別できること」
絶対音感が移調に弱いこと」にも

合理的に説明が付くと思いませんか?

(了)

 

絶対音感と相対音感の違いをボールに例えると

(其の一) (其の二) (其の三) (其の四) (其の五)

(其の六) (其の七)